きぬさ屋

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毎日がしあわせ

どうしても心がしんどいときに私がこころがけている3つのこと

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こんにちは、沙矢佳です。

 

私は2016年に適応障害という心の病気をわずらってから、現在も闘病生活を続けています。

 

適応障害という病気は、外部の環境がストレスになって心と体に異常をきたしてしまう病気です。

私はこの病気を職場で発症したため、休職という選択肢を選び今に至っています。

 

普段は家にいるのでストレスなく生活することができていますが、それでもたまに感情のコントロールがどうしても効かなくなることがあります。

薬である程度感情のたかぶりを抑えられるといっても、抑えられる限度を乗り越えてしまうときもありますよね。

 

私の場合感情のたがが外れてしまうと、とてつもなく悲しくなって大泣きしてしまうときもあれば、自分の苦しい気持ちから親や友人ときには恋人に当たり散らしてしまうということもありました。

 

時間が経てばある程度落ち着きますが、心が荒んでしまっている最中はとても辛いものがあります。

ましてやその波が1日に何度もくると精神的にも肉体的にも参ってしまいますよね。

 

自分の心が大ピンチのときでも、他人にすがることになんとなく気が引けてしまうっていうときもあります。

基本的に私も他人に頼らないので、その気持ちはすごくわかります。

 

今回はそんな苦しい時間を少しでも軽くするために、私がこころがけている3つのことをご紹介していきたいと思います。

 

 

自分が死んだところで問題は何も解決しない

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心が苦しくなると、どうしても脳裏に浮かんでしまうのが『死』の問題。

 

適応障害を発症する前から私は辛くなると何度も「死にたい」とか「消えてこの世からなくなりたい」とか自分が消えることばかり考えていました。

 

だって死んじゃった方が楽だし、最高の現実逃避。

 

特に私は小学生の頃からクラスメイトに「死ね」だの「消えろ」だの言われ続けていたので、死というものに対して親近感に似たような感情を持っていたのかもしれません。

 

いわゆるメンヘラってやつだったんでしょうか。

 

今でもその名残がちょっとあって死にたいなーと思わず口走ってしまうこともあるんですが、最近その回数が少しずつ減ってきました。

 

それは『死んでも自分の心の苦しさは消えないんだろうな。』と考えるようになったから。

 

っていうか死ぬ方がリスクあるんですよ。

 

この先幸せになれる可能性も十分に残ってて、たまたま短いスパンで心がしんどくなってるだけで命を差し出すなんて勿体なさすぎる!

 

心が辛いのと、死ぬことは全くの別物。

自分の中にある辛い気持ちは辛いでいいんです。

 

でも、死なないで。

 

目先の苦しさに囚われて未来を手放すのは、とっても悲しいことだから。

その苦しさは長続きしない

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私は心がしんどくなると呼吸が浅くなります。

酸欠になるんじゃないかってくらい息を吸わないようにしないと涙が出ちゃうんです。

 

だから心臓がとっても痛くなって身体的にも苦しくなります。

泣いても感情の波が押し寄せて止まらなくなってしまうので、それはそれで辛いもの。

 

でもその痛みがずっと続くというときはありませんでした。

 

辛くても数時間、気がついたら数分だったというときもあります。

1日が24時間ある中で辛い時間はほんの少しでしかありません。

 

逆にその波を乗り切ってしまえば、「あの時の自分はなんだったんだ!」と後で笑えるくらい元気になってしまうもの。

 

辛いときはほんの一瞬しかないと割り切ってしまえば、次に感情の波が来てもある程度心の準備ができると思います。

 

『しんどい!でもどうせすぐ終わる!』

 

『今回も辛いなあ!後もうちょっと!』

 

なんて心の底で自分を応援してあげてください。

 

楽しいことがずっと続くときがないように、悲しいことも辛いことも永遠に続くことは絶対にありえません。

 

大丈夫、あなたなら乗り越えられるはずです。

苦しいと思っている自分を否定しない

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自分では辛いと思っていることがあっても、他人から見ると大したことがないものもたくさんありますよね。

 

それと同じように自分を他人のように扱って、自分の苦しさを否定してしまうというときはありませんか?

 

自分が本当に辛くて悲しいと思っていても「それは辛くない」とか「耐えなきゃいけない」…なんてよくわからない他人の杓子定規で自分の感情を測ってしまうととっても苦しいです。

 

 

心が苦しくて泣いているときは、一緒に自分の寄り添ってあげましょう。

あなたという存在はこの世でたった一人しかいないように、あなたを助けてあげられるのは『自分自身』しかいません。

 

 

いいじゃないですか、辛くったって。

いいじゃないですか、悲しくったって。

いいじゃないですか、苦しくったって。

 

 

こんな時くらいしか自分自身と向き合う機会はめったにないんですから、目一杯自分の気持ちに付き合ってあげましょう。

今まで知らなかった本当のあなたの一面が見えるのも、面白いものですよ。

最後に

いかがでしたでしょうか。

 

心がしんどいときはちょっとだけ見方や感情の方向を変えるだけでも、受け止め方が変わってくるはずです。

 

死ぬ必要も、ずっと耐える必要も、無理やり感情を抑える必要もありません。

 

そんなときもあるなーって思いながら、しんどい気持ちに向き合ってみるのも一つの手だと思います。

 

何度も繰り返しますが、心のしんどさは長続きするものではありません。

極端に構える必要もありませんし、無理に我慢しても辛いだけ。

 

辛い自分がやってきたときは、ぜひこの3つを思い出してみてくださいね。

 

 

 

しあわせは、クリア

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「僕は君にしあわせになって欲しい。」

 

一瞬耳を疑ったその言葉は2年ほどつきあっていた元彼からの最後の言葉。

 

「ふざけるな。」

 

この言葉を何度も喉元で反芻しながら、かろうじて受け止めた私は相当のメンタルの持ち主だったと思う。

 

 

元彼はよく言えば自由人、悪く言えば自分勝手な人だった。

誕生日とクリスマスは勝手にドッキングされて650円のストラップで終わらせられたし、ホワイトデーは何も言わずに海外旅行に出かけた。

 

最後はあまりにも酷いだろうと問い詰めたら、

 

「そんな行動に移らせたお前が悪い。」

 

とのお言葉。

 

そんな人間が最後にしゃあしゃあと『君はしあわせになれ』なんていうから思わず涙が出ちゃったじゃないか。

 

でも言われてしまったものは仕方ない。

私は別れたその日から自分のしあわせについて考え始めた。

 

空は真っ白な曇天だ。

 不幸な女の子

思えば私は不幸な人生を送ってきた。

 

小学5年生のとき仲のいい友達2人と一緒に同じクラスになろうと約束したら私だけ違うクラスになったり、学年でいじめられたり…なんてことはざら。

 

裏切られ罵られ文句を言われ人生は墨色。

それでいいと思っていたし、これからもそうなんだと思っていた。

 

『だって私は不幸だからしょうがないじゃない。』

 

不幸な人間は誰からも愛されない。

だって私は不幸なんだから。

 

そう思い続けていたら本当に不幸な大人になってしまった。

笑い事じゃないぞ、私。

私、しあわせになりたいの?

彼氏と別れてから数ヶ月が経って私のしあわせを探そうとすればするほど、脳裏によぎるのは私の不幸な思い出。

 

忘れようと思っても、消そうとしても心の中からとめどなく湧き上がってくる自分への嫌悪感と自己否定。

 長年ずっと不幸で居続けるように生きていると、簡単に自分のしあわせは見つからないらしい。

 

 ぶっちゃけ、しあわせになりたくなんてなかった。

 

しあわせになった自分が信じられないし、しあわせに生きていい権限なんて持ち合わせてなかったし。

いつのまにか不幸のスモッグが周りを覆うようになってからは、白いしあわせの世界が眩しすぎて息が詰まって仕方なかった。

 

 できれば一生ドブに浸かって生きていたかった。

 

でも

 

大好きだったあの人が「沙矢佳にしあわせになって欲しい」と言うんだ。

一度でもこんなゴミみたいな私の人生に関わってくれた大切な人だ。

 

 

ならば私はその言葉に応えよう。

それが私からの最後の餞別だ。

 

 真っ黒な世界

どんなに考えても、どんな本を読んでも、どんなことをしても私が何をしたらしあわせなのかわからない。

自分のために生きていこうと決めたのに、自分を愛してあげようと思っているのに、空回り空回り何度回っただろう。

 

なんとかしあわせになりたくて、恩返しをしたくて、自分を生きたくて。

 

なのに一向に私がしあわせになる気配はない。

むしろなんだか遠ざかっていくようだ。

 

散々泣いた、親にも友人にも当たり散らした、時には自分を傷つけた。

先が見えない道をただひたすらに、がむしゃらに生きた。

 

生まれて初めて自分のために必死になった。

 

なのに現実は何も変わらない。

私は私のまま、何も変わっちゃいないんだ。 

 

だって私は不幸な人間なんだもの。

 

だって、私は不幸な人間なんだもの。

 

空はいつだって真っ暗だ。

クリアな世界

キラキラした世界を生きようとするのはもうやめた。

 

どうせ不幸なんだからこの先彼氏もできない、思いっきり太ってやろう。

どうせ不幸なんだから会社で働くのもやめよう、家で生きてやる。

どうせ不幸なんだからツイッターで意識高いことを呟くのやめよう、ブラックユーモア万歳。

 

慣れないしあわせ探しなんてやめて、不幸を愛してやろう。

 

そう思ったら。

 

そう思っただけで。

 

 

世界はクリアになった。

まっさらな世界がそこにあった。

 

 

今まで私が探していたしあわせは他人の杓子定規で定められたダミー品。

逆に私が不幸だと思っていたことだって、実は幸せへの道しるべだったのかもしれない。

 

 

一人でいることが多かったから、一人でも楽しめるようになった。

いじめられてから人の気持ちを考えられるようになって、いじめられてる子を一人助けてあげることができた。

元彼に尽くして彼が喜ぶ姿を見ているだけでも、私はしあわせだった。

 

そうだ、振り返れば私はいつだってしあわせだったのかもしれない。

 

 自分がしあわせじゃないと勝手に決めつけていただけで、たまたま悲しいことや辛いことが重なった時期があっただけ。

  元彼さんよ、よくもまあ私のことを『不幸』扱いしやがって。

 

「私はいつだってしあわせ者だったよバカヤロー。」

 

ポツリと一言つぶやいてみたら、暗くくすんでいた世界がクリア(透明)になっていくきがした。

私はしあわせ

今、私はしあわせだ。

 

朝何時に起きてもいい、

ツイッターを開けばたくさんの仲間がいる、

大切な人もできたし宝物もたくさんある。

 

これを幸せと呼ばずになんと言うのだろう。

 

この言葉に一つも嘘はない。

 

私のしあわせは無色透明。

ときには濁って見えたり、透明過ぎてすぐに忘れてしまうこともあるけれど、それはそれでいいのかもしれない。

この世界の酸いも甘いも、骨の髄までしゃぶり尽くして生きてやる。

 

 

 今日の空は晴天。

 

毎日が、しあわせ。 

 

私がダイエットをやめた理由。

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私は人生の半分以上をダイエットに費やしてきてこれからも一生ダイエットを続けていくと思っていました。

ダイエットをしないと幸せになれない。

本心からそう信じて生きてきました。

 

今まで息を吸うようにダイエットをしてきたからダイエットをやめよう!はいやめた!と決めてやめたわけじゃない。

 そんな私ですが、今でもダイエットの後遺症と戦い続けています。 

食べ物をみたらカロリー計算、運動しなくちゃ、これを食べちゃダメあれを食べたら太る…そんな思考がぐるぐるです。

気分転換に本屋さんに行けばダイエット特集に思わず目が行ってしまうし、ドラッグストアのダイエットサプリの裏面を気が付いたら熟読しているなんてことも。

 

私は痩せたからダイエットをやめたわけではありません。 

だからと言ってそれほど太ったわけでもなく 、ぶっちゃけ2〜3キロくらい戻ったくらい。 

 

そんな私のダイエットをやめた理由を今回はお話ししていこうと思います。 

 

ダイエットに後ろ向きになってしまっている人、どうしてもどうしても痩せなくて心が辛くなってしまったという人はどうぞ読んでみてください。

 

あなたのヒントが見つかるかもしれません。

 ダイエットをやめた理由1:痩せなかったから

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頑張ろうと思ったときは痩せるけど、頑張りは長く続かないもの。

頑張り続けるって難しい。

痩せるサプリも何回も買いましたし、ダイエット本も何冊買ったかわかりません。

痩せない自分を毎日毎日責めながら生きていました。

 

とにかく今自分にできることを…と必死に頑張ってきたつもりでしたが、気がつくとダイエットを始めて10年以上の月日が流れていました。

 

ふと自分を振り返ってみると何も変わっていない。

 

この10年はなんだったんだ。

ダイエットにかけたお金は?時間は?

 

そう、何もないことが私にとっての答えでした。

ダイエットをやめた理由2:ダイエットに人生を取られたから

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ダイエットが100%悪いわけではありません。

 ダイエットのおかげで栄養学に詳しくなったし、体のことを学びなおすきっかけになりました。

その知識のおかげでダイエット検定1級も取得することができて、こうしてブログのネタにできてるから結果オーライなのかもしれません。

でも私にとってそれ以上に失ったものが多すぎたのです。 

 

私は思考をダイエットに奪われました。

  何をするにもダイエットが先立ってしまうのです。

 

食べるときは野菜から、ご飯は少なめに、外食は塩分が多いから控えなきゃ、糖質はなるべくとらないように、お肉は多く、水をたくさん飲む…

 

よくあるダイエットするときの食事のルールをあげてみました。このほかにもたくさんありますよね。年数を重ねるごとにどんどん増えてる気もします。 

このルールたちを始めたときは続けられると思っているけれど、一生懸命な人はどんどん首を絞めていくようになります。

ルールを守れなかったときの罪悪感で苦しんでしまうのです。 

罪悪感が増してくるようになると食事に対して「怖い」という感情を抱くようになります。

「怖い」が増えていくと食べ物を口に入れることすら怖くなって、過食嘔吐や拒食症を引き起こすリボルバーになるのです。

「ルールに従わないとまた太ってしまう、またあの体型に戻ってしまう、痩せなきゃ、痩せなきゃ…。」

形のない誰に当たることもできないストレスが常に日常に付きまとうようになるのです。 

そんなこと言っても体も高性能な機械ではありません。

水分で左右されることもあるしストレスMAXな状態だと過食につながってしまいます。

 

また体は一定の体重を保つようにできているものなので一気に体重を落とすと元に戻ろうとする力があります。

これは人間の本能なのでどうしようもない部分です。

 

食べることだけじゃなく、運動も同じことがいえます。

筋トレは体が慣れてくると負荷を上げたり回数を増やしたりしないとどんどん効かなくなってきます。

有酸素運動も毎回同じ距離を走っているだけだったりすると痩せなくなってきます。

 そう、毎日頑張っているはずなのにある日突然体重が動かなくなるのです。

 突然体重が止まるものだから、不安になってもっと運動するようになります。

 

食べ物も減らしているのに、運動も増やしたのに。

 

痩せない。

 

痩せない痩せない痩せない痩せない。

 

ここまでくると自分の生活がすべてダイエットに支配されています。

 仕事をしていても次の食事のことを考えています。

 学校に行っても痩せてる女の子を見てどうして自分はきれいになれないんだろうと毎日死にたくなります。

 家に帰ると今日もダイエットメニュー、ダイエットリスト…痩せない自分を見てため息をつきながら日課をこなすだけ。

 

どこにも逃げ場がないんです。

 

逃げ場がないから自分の考え方が狂ってきていることにも気が付くことができません。自暴自棄になっているので他人の意見も聞き入れることができません。

 

聞かないんじゃないんです、聞くことすらできないくらいに追い詰められているんです。 

 

リバウンドしてこの精神状態のループをどんどん続けていくと自分のことも信じられなくなります。

ダイエットをすればするごとに、失敗すればするほどに自分への信頼がなくなって「痩せないのは自分のせいだ、努力が足りないからだ。」と自分を責めていくようになります。

 

私はそれに加速して他人への攻撃が始まりました。

自分より痩せている子にはとがった言葉をぶつけるようになりました。

太ってないよ、大丈夫だよなんて慰めてくれる友達に対してもぞんざいな態度をとるようになりました。

みんなでご飯を食べる場では人の食べるペースと量を見て食べるようになって自分の食べたいものを食べられなくなりました。

 

これを10年以上ずっと続けてきて、いつの間にか自分のことが何もわからなくなりました。

本当にわからないんです、自分の道がまっさら。

 ただ頭に残ったのは「痩せなくちゃいけない」だけ。 

 

あ、もういいや。 

ダイエット、もういい。

 

こんなふうに思えるようになるまですごく長い時間がかかりました。

 お金も時間も人生もダイエットにかけてきて何も結果を出さずにやめることはとても辛いことでした。

やめた数日は何も考えられなくてどうしたらいいのかわからないくらい心が不安定になったけど、徐々に徐々に自分のことを考えられるようになりました。

今ダイエットに苦しんでいるあなたへ

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ダイエットをしている人の中には私のこんな精神状態を理解できない人もいると思います。

ここまで病むなんて馬鹿じゃないのって思っている方もいらっしゃって当然です。

 

ダイエットに終わりはありません。

 

痩せたら終わりじゃない。維持し続けなきゃいけない。

それがダイエットです。

 

 

ダイエットをすることは偉いことじゃない。

 

ダイエットは義務じゃない。

 

ダイエットすることだけがきれいになることじゃない。

 

ダイエットはあなたの人生のすべてじゃない。

 

こう思える時がきっと必ずあなたにも来ます。

 どうかこれ以上私のような人を増やさないように、ダイエットで自分を苦しめる人が少しでも減りますように。

 

あなたがあなたとして生きていけますように。